米国弁護士に聞く!


米国弁護士資格をより身近に感じていただくため、実務の第一線でご活躍の米国弁護士の方々に、資格の活かし方などを、ざっくばらんに語っていただきます。

山下朝陽弁護士は、米サンフランシスコの法律事務所「オリック・へリントン&サトクリフ」に初の日本人弁護士トレイニーとして勤務し、米国弁護士資格を取得されました。

帰国後はオリック東京オフィス設立メンバーとして、米国の金融機関、投資ファンド等のクライアントを中心に、資産譲渡、事業譲渡、不動産ローンや証券化取引などを手掛けられました。現在は、外資系保険会社の副統括法律顧問として、7名の社内弁護士を統括し日本の法務部門全体を指導しておられます。

キャリアやBarExam受験時の勉強方法についてうかがいました。
(インタビュアー:アビタス米国弁護士講座担当)

山下朝陽弁護士 | 略歴

東京大学法学部卒。1988年司法試験合格、国内法律事務所で国際紛争案件を数多く担当。95年から2年間、米サンフランシスコの伝統ある法律事務所「オリック・へリントン&サトクリフ」でトレイニーとして勤務し、97年カリフォルニア州BarExamに合格。帰国後、同事務所の東京オフィス設立メンバーとなり、13年間、海外クライアントを中心に、不動産ローン取引や不動産担保証券化取引などを担当した。2012年から外資系保険会社副統括法律顧問。


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インタビュアー

米国弁護士資格を取得された経緯をうかがえますか。

山下弁護士

初めに勤めた中堅の法律事務所は、一般企業法務、一般民事訴訟、個人をクライアントとする交通事故や離婚、外国クライアントの紛争および契約案件に至るまで幅広く扱っていました。
パートナーの3人の先生はいずれも留学経験があり、そのうちお1人は米国企業の案件を数多く抱えておられました。
私は帰国子女では全くありませんが、英文の読み書きが得意だということを見出され、米国クライアントの案件を多く任されるようになりました。
当初は英会話ができませんでしたが、いきなり英語での会議、電話会議、電話応対が必要となり、私はいまでもこれをon the job training という甘いものではなくon the fire trainingだったと後輩や部下に話しています。

その先生は米国企業、米国法律事務所に多くの人脈がありました。私は、先生の知人であるサンフランシスコの老舗法律事務所「オリック・へリントン&サトクリフ」のパートナーから、トレイニーとして米国で働かないかと誘われました。
二つ返事でOKしました。当時は、渉外弁護士(国際弁護士)としてキャリアを積むなら、日本で5年くらい勤めた後、米国ロースクールに留学してLL.M.学位を取るというのが一般的でした。
私も関心はありましたが、自己負担となる学費、渡航費、実際の滞在費用を合計すると当時の私にはかなり高額でした。
そこに来たのがトレイニーの話です。現地事務所で働けば実務も経験でき、給料ももらえるので、即決しました。

オリックは、日本の商社をクライアントに抱えていました。
私は、初の日本人弁護士として勤務し、もっぱら日本のクライアントを案件の会議だけでなくゴルフ、レストランでもてなすという楽しい仕事でした。

帰国前半年くらいの頃「せっかく来たのだから帰国前にカリフォルニア州弁護士の資格をとるためBarExamを受けてみたら。費用は出すから」と提案を受けました。
コモン・ローにつき修士資格を習得していないので、受験資格がないと思っていたのですが、調べてみると、日本の弁護士資格があれば受けられると分かりました。
接客中心の楽しい気分は吹っ飛んで、せっかくの申出を断ることもできず、不合格では信用を失うので、正直困ったことになったと思いました。

インタビュアー

どう勉強しましたか。

山下弁護士

山下弁護士UC Berkley Boalt Hallで行われた予備校の授業に通いました。授業はとにかくマシンガントークで、知識をどんどん叩き込まれます。
私は日本の司法試験をクリアしていたので、ルールが異なっても法律家に必要な法的思考力については米国でも本質的には同じものと思いました。

そしてBarExamはそもそも、弁護士としての資質があるかどうかを問うのですから、難関の日本の司法試験をクリアしている時点で本質的にはおそらく大丈夫と思いました。

しかし、英文の読み書きのスピードは米国ロースクールでコモンローを3年勉強したネイティブにはかなわないのです。
そこで私は、授業全体を勉強するのではなく、日本の法律と違う点に絞って理解記憶することにしました。

模擬試験で時間不足となった経験からBarExamの択一型試験については、文章量が少ない問題を優先的に解くようにしました。
かける時間あたりの得点効率を高めるためです。

エッセイ型試験については、手書きの時代ですので読みやすい字で書くことを心掛けました。
パフォーマンス・テストは、下書きはせず、問題文資料に印をつけていきなり書き始めることで時間を短縮しました。
パフォーマンス・テストは、事実関係と法令が与えられて回答します。この回答は、5年間の法律事務所の仕事で普段からやっていることと同じなので、内容については苦労しませんでした。

対策のかいもあって、1発合格しました。

インタビュアー

米国弁護士資格取得後のキャリアを教えてください。

山下弁護士

帰国から1年ほどして、オリックに再び誘われ、オリック東京オフィスの設立メンバーとして参加しました。
小泉・竹中政権時代において日本の金融機関が不良資産を一掃するという流れがあり、S&L危機で儲けた米国系ファンドが不良資産に投資し、リーマン・ブラザーズをはじめとした米国金融機関が投資家に融資するといった案件を数多く手掛けました。

しかし、安く購入された担保物件が改装され流通して稼動物件になり、不動産の証券化および不動産担保ローンが束ねられて証券化されて日本の不動産資産は金融市場の一角を占めるまで発展しました。

しかし証券化商品にサブプライムローンが混入すると2007年くらいから問題が表面化し、仕事の流れは、2008年にはローンを拡大することからローン、証券化商品を売却する方向へと変わりました。
2008年9月にリーマン・ブラザーズが破たんすると、私の仕事は清算業務、債権回収、担保権実行が中心になりました。2011年に東日本大震災や福島の原発事故があり、日本への投資は激減して前向きな取引が皆無に等しい時期が続く時期がありました。

そこに現職の誘いを受けました。現職の会社は米国金融機関であり、日米双方の弁護士として紛争案件から契約案件まで幅広く案件を多く扱ってきた経歴を評価していただいたのだと思います。



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