米国弁護士に聞く!



 米国弁護士資格についてより身近に感じていただくため、実務の第一線でご活躍の米国弁護士の方々に、資格の活かし方などを、ざっくばらんに語っていただきます。
第6回は、矢部達雄弁護士にお話いただきました。 矢部弁護士は、国立高専の機械工学科をご卒業後、エンジニアとしてキャリアをスタート。その後米国オハイオ州で機械工学の学士と修士をお取りになり、特許事務所の外国出願業務に従事なさいました。その後、U.S. Patent Agentの試験に合格。さらに、米国弁護士資格を取得するため、日本の大学の法学部をご卒業後、米国LL.M.(法学修士)プログラム留学、ニューヨーク州弁護士資格を取得なさいました。現在は、特許事務所で外国出願を専門とした業務に従事なさいながら、知的財産関連のセミナー等で、精力的にご活躍です。
今回は、米国知的財産法制のエキスパートとして、どのように知識を身につけてこられたかを中心に、語っていただきました。
(インタビュアー:アビタス米国弁護士講座担当)

矢部 達雄氏(ニューヨーク州弁護士、U.S. Patent Agent Qualification) | 略歴

国立明石高専機械工学科卒業後、国内メーカー勤務を経て留学し、オハイオ州アクロン大学大学院修了(工学修士)。特許事務所勤務を経て、U.S. Patent Agent試験合格、神戸大学法学部卒業、ジョージワシントン大学LL.M.課程修了後、ニューヨーク州弁護士資格取得(2009年)。現在は、三協国際特許事務所に在籍。米国特許出願をご専門に、セミナー、講演などで幅広く活躍中。


40代からの米国弁護士志願。実務経験や知識があっても、「資格」がなければ…
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インタビュアー

機械工学のバックグラウンドから米国弁護士を目指されていますが、
そのきっかけはなんでしょうか?

 

矢部弁護士

矢部弁護士もともと技術や機械がとても好き、というわけではなかったのですが、国立の工業高等専門学校(高専)が通学圏内にあり、昭和50年当時の中学3年生にとってはちょっと格好いいかなという軽い気持ちで受験し、その後5年間、機械工学を学びました。卒業したら、就職率がとにかくいいんです。

当時、卒業生一人に30社~50社の求人があったのです。 卒業した後少し転職を経て入った電気メーカーで、高度成長期ということもあり、とても働かされました。24歳で結婚した後、26歳くらいで、「このままこの会社に勤め続けていいのかな・・・」という気持ちが芽生えてきたのです。

話はそれますが、私、映画、特にハリウッド映画が好きで、元々アメリカに行ってみたいと漠然と思っていました。 その後、アメリカに輸出していた製品のクレーム対応のために、付添で米国出張の機会があって、技術屋でぺらぺらに英語が喋れたらいいなあ・・と思い、「世界で通用するエンジニア」になりたい、そのためにはアメリカに留学することだ・・・と考えたのです。

インタビュアー

その際は、法律ではなく・・・

矢部弁護士

そうですね、当時法律に対する興味は皆無でした。
結婚もしていたので、会社を辞めて留学するなら、アメリカの大学で学位くらい取らないと帰国後家族を養っていけないだろうなあと想っていました。当時英語のレベルが低かったので、大学で授業を受ける前に大学に付属するいわゆる語学学校で1日4時間程度の語学レッスンを受けました。

宿題も多かったのですが、技術屋としての会社勤めの厳しさに比べれば、大したことはありませんでした。ところが、いざ授業を受ける段になって、アメリカでは「高専」というシステムが無いということに気づかされました。

留学を許可する書類(I-20)上は3年次編入となっているのですが、日本の高専はアメリカのテクニカルハイスクールと同等だととんでもないことを学部長に謂われ、1年次からスタートすべき、という指摘があったのです。

当時まだ27歳で、若かったのでしょう、早速、フォードの中古車を買ってオハイオ州のあらゆる大学に掛け合ったところ、アクロン大学でようやく、ほぼ3年次編入のような形で入学が認められました。

留学当初に経験した高専の単位認定は確かに大きな障壁でしたが、その後の大学生活は比較的スムーズで、アクロン大学で機械工学の学士を取り、大学院に進学して修士を取って、帰国しました。



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